パラダイムシフト 〜アヒルがウサギに見える日〜

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help リーダーに追加 RSS 観測していないモノへの確信

<<   作成日時 : 2008/06/11 21:37   >>

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昨日の日記について、「アインシュタインの気持ちはよく分かる」というご感想をいただきました。それが一般的な思いでしょう。私だって、アインシュタインに賛成します。「私たちが観測していなければ、月は存在しない」なんて、普通に考えたら妙な言い分です。

普通に」と赤字で強調したわけは、そこが重要なポイントだからです。科学的な基礎知識がない人でも、普通に考えたら「私たちが観測しようがしまいが、物体は存在しているはずだ」と思うのです。

それが普通であり、量子力学の方が異常なのです。

おっと、異常というのは言い過ぎですね。誤解を招きます。異常ではなく、厳密なのです。

科学とは、理論と実証によって成立します。理論だけでは認められません。実際に証明されてこそ、科学的だと認められるのです。ですから、かのアインシュタインが導いた20世紀最大の科学理論「相対性理論」でさえ、なかなか実証ができなかったため、とうとうノーベル賞を受賞できませんでした。科学とは、かくも厳密なものなのです。(アインシュタインは光電効果理論という別の理論で、ノーベル賞を受賞しています。)

量子力学は、そのように厳密な科学の世界で、究極の厳密さを追求したのです。科学の大前提である観測行為を厳密に考えたのです。

観測しなければ仮説も立てられないし、実証もできません。そういう意味で観測行為は、科学の世界では治外法権的な立場でした。量子力学が登場するまで、誰も観測行為について深く考えなかったのです。「観測行為に疑問をはさむ余地はない、観測から得られるものは真のデータである」というわけです。これもパラダイム、思考の枠組みだったのです。

量子力学では、「観測することによって、物体の運動が乱されてしまう」ということを見いだしたのです。パラダイムシフトです。

「ピッチャーが投げたボールを見つめたら、ボールの軌道が変わるなんてことはない」と普通は考えます。しかし、厳密に考えを突き詰めると、その普通の考えは正しくなかったのです。

私たちがボールを見るには、ボールに当たって反射してきた光子を目に取り込みます。ボールに光子が当たっているので、厳密にいうとそれによって軌道が変わるのです。ただし、光子とボールの大きさが極端に違うため、ほとんど影響がないだけです。

現在、もっとも小さな物を見られる機械は、電子顕微鏡です。光子の変わりに電子を当てて見るのです。かなり細かいところまで見ることができます。では、電子顕微鏡で「電子」を見ると、どうでしょうか。

電子を見るために、電子をぶつけるのです。同じものをぶつけるのですから、見ようとした電子はどこかにはじき飛ばされてしまいます。野球ボールを見るために、野球ボールをぶつけるようなものです。このように、観測によって運動が乱されてしまうのです。

つまり、観測行為によって「真の電子の姿」を知ることができないのです。あくまでも、観測によって「乱された姿」しか知ることができないわけです。

もう少し分かりやすい例をあげます。体温計は、水銀の熱膨張を利用しています。体温計が脇の下にはさまれると、水銀は体温と同じ温度になるまで膨張を続けます。その膨張の大きさによって、体温を知る仕組みです。

ところが、厳密に考えてみると、この方法では「真の体温」は計れません。なぜなら、水銀を膨張させるために体温が少し奪われるからです。体温計を脇の下にはさんだことで、体温が少し下がるのです。むろん、ごくごく少量の熱が奪われるだけですが、あくまでも厳密に考えるならば、計る前の体温とは異なるのです。「体温計をはさむ」という観測行為によって、体温が乱されてしまうのです。

私たちは観測行為でしか物質世界を知ることができないのですが、その観測行為によって物質世界を乱しているのです。私たちが見ている世界は、実は私たちの観測行為によって作り替えられた世界なのです。だから「観測は創造だ」という結論にいたるのです。

それでも私たちは、「私たちが観測していなければ月は存在しない……なんておかしい」と、普通に考えます。物質世界の厳密な「観測手続き」に則れば量子力学の言い分は正しいのですが、それでも「私たちが見ていようがいまいが、物体は存在する」と思うのです。大天才科学者アインシュタインもそう思ったし、私たちもそう思うのです。

この確信はどこからくるのか、私も考えてみました。その結論は、神様もしくは霊界からくるのだということです。物質世界の観測行為には量子力学的な眼界がありますが、それをも超越して「観測していないモノの存在を保証してくれる」のが、神様や霊界ではないでしょうか。

もっといえば、有形実体世界の人間が誰も観測していないモノであっても、無形実体世界の霊人や神様が観測しているので、そのモノは存在できている……。そのことを天宙の和動体である人間は、霊的に直感的に察知しているので、「観測していないモノの存在」をも確信することができるのではないでしょうか。

この結論は、あくまでも私見です。科学の世界では、あくまでも量子力学の見解までしか断言できません。それでも、「すべての存在は1つにつながっている」、「人間は第二の創造主である」ということを科学的に裏付けた量子力学は、統一原理・統一思想の観点から見てもたいへん素晴らしい功績です。

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