パラダイムシフト 〜アヒルがウサギに見える日〜

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<<   作成日時 : 2008/06/24 21:09   >>

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ID仮説とは、「インテリジェント・デザイン仮説」の略語です。直訳すれば「知的設計者仮説」です。これは1999年に発表されたもので、「宇宙には知的な設計者がいる」というものです。あくまでも神様とはいわず、知的設計者という呼称を使っています。

ID仮説の内容は一定の科学的水準を保っています。「長い時間をかけて、偶然に偶然が重なって地球に生態系が誕生した」という進化論への対立軸になると考えられました。進化論もID仮説も完全に実証されているわけではありませんから、学生たちには両方の主張を学ばせるべきだと考える教育者が現れました。キャロライン・クロッカー教授です。

バージニア州ジョージメイソン大学のクロッカー教授は、生物の授業の中でID仮説を紹介しました。クロッカー教授は、「ID仮説が正しい」と教えたわけではありません。「こういう仮説もあるんだよ」ということを紹介したに過ぎません。それにもかかわらず、大学から謹慎処分を受けたのです。ID仮説の信奉者たちは怒りました。

おまけに、火に油を注ぐようにブッシュ大統領が「進化論を教えるなら、一緒にID仮説も教えるべきだろう」という主旨の発言を、公の場でしたものですから、論争はヒートアップ。大騒ぎになってしまいました。数年経った今でも、論争は続いています。

アメリカはキリスト教国家です。創造主である神様を信じている人は多いです。日本人には理解できないかもしれませんが、進化論を正しいと信じているアメリカの学生は、わずか37%です(「ネイチャー」誌2005年4月28日号の調査結果)。そういうお国柄ですから、「生物の授業で進化論を教えるのならば、ID仮説も一緒に教えるべきだ」という声が上がることはうなずけます。

ただ、私はこの論争をながめていて、違和感を禁じ得ませんでした。「進化論を教えるのならば、ID仮説も一緒に教えるべきだ」と、両者を並列に扱っていることに対する違和感です。進化論とID仮説は、並列ではありません。

冒頭で、ID仮説は「進化論への対立軸になると考えられました」と、回りくどい言い方をしたのも、そのためです。本当は並列ではなく、土俵が異なる仮説なので、対立軸になりようがないのです。冒頭の文章は、「ID仮説の信奉者たちがそう考えた」と表現したかったのです。

進化論は起源について触れていません。無機物の世界から、生物がどのように誕生してきたかということは、何も説明していないのです。「生物が、どのように形質を変化させてきたか」という経過を説明しているだけなのです。

かたやID仮説は、起源そのものについて言及しているのです。宇宙や生物は、知的設計者がデザインしたという起源です。

両者は土俵がまったく異なる仮説なのです。野球のピッチャーが投げたボールに対し、力士が四股を踏んで対抗しているようなものです。論争が収拾するはずがありません。議論がかみ合わないのです。傍からみていて、たいへん失礼な言い方ですが、「ばかみたい」と感じていました。本当に失礼な言い方ですみません。(^_^;

サイエンスジャーナリストとしての意見を言うならば、ID仮説と進化論は矛盾しません。神様の存在を信じる統一教会員としては、当然ID仮説にシンパシーを感じますが、科学的には両論は矛盾しません。かたや「起源の仮説」、かたや「経過の仮説」だからです。

私は、進化論もID仮説も、両方とも学校で教えるべきだと思います。

進化論だって、捨てたものではありませんよ。今やダーウィンの仮説などは遺物として扱われています。現代の進化論では、「共生」、「ために生きる」というキーワードがバンバン飛び交っています(詳細は拙著「意識のホログラムにアクセスしよう」をご参照ください)。進化論の食わず嫌いは、宗教と科学の統一を標榜する統一教会員にとっては、決して好ましいとはいえません。

「起源の仮説」の方も、ID仮説以外にもたくさんあります。ID仮説ばかりを偏重していると、いつか足下をすくわれます。

こういうものをすべて教えればいいのです。勉強は楽しくなくちゃ!

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
なるほど。とても参考になります。「意識のホログラム…」も読んでみようと思います。
いつも率直な内容で、読んでいてとても気持ちがいいです。
kushiro
2008/06/24 23:40
kushiroさん、いらっしゃいませ。拙著、ぜひお読みください。今後もよろしくお願いします。
小林浩
2008/06/25 20:55
宗教とか信仰とかを知的に科学的に見据えてゆくことも重要でしょうね。宗教・信仰は、洗練され磨きがかかって、いつか強い、負けない宗教・信仰へと成長してもらいたいです。足腰の弱い宗教・信仰じゃいけないよね。
とぐち
2008/06/28 09:11
足腰の強い宗教・信仰を目指したいですね。
小林浩
2008/06/29 07:26
自分は大学生なのですが、確かに勉強は楽しいと思えてこそですね。授業の担当の先生と話をしているとその先生はとても生き生きと自慢げに自分の研究している内容を語っているのを見ると、「真剣に研究している人は輝いているな」と思いました。人間は自由意志で物事を判断して行動に移すので、「進化論がだめで、IDなんだ!」と論理戦に持っていってもあまり進展は無いですね。最終的には唯物論を吸収して消化させる真理、と原理講論に書いてあります。だから結局は自由意志、本心、愛の世界によって唯物論者が納得しうるものが残るのでしょうね。
haru
2008/06/29 14:07
haruさん、いらっしゃいませ。おっしゃるとおり、真理はすべてを包み込むものであり、論理戦をやっているうちは、まだまだですね。
小林浩
2008/06/29 20:47

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