パラダイムシフト 〜アヒルがウサギに見える日〜

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 笑ったミリカン、泣いたガリレオ

<<   作成日時 : 2008/06/04 21:45   >>

トラックバック 1 / コメント 0

科学理論は客観的なデータを分析して発見されるのではなく、パラダイムという人間の主観から生み出されます。科学とは、極めて人間臭い学問なのです。その好例をご紹介しましょう。自分の仮説に都合のいいデータだけを論文に載せ、ノーベル賞まで受賞してしまった科学者がいるのです。「電気素量」を発見したアメリカの科学者ミリカンです。

電気素量とは、電気の最小単位のことです。電気は無限に細かく分けられるわけではなく、それ以下には分けられない状態があるというわけです。この電気素量を求めるため、ミリカンは次のような実験をしました。

画像上にプラス、下にマイナスの電極を配置します。その電極に電圧をかけ、電極の間に霧吹きで油滴を吹きかけます。油滴は、重力によって、下に落ちて行きます。油滴は霧吹きから出るとすぐに電気を帯びるので、電圧の大きさによって落ちる速度が異なります。

電圧、油滴の落下速度、帯電の大きさは、お互いに影響し合っています。したがって、電圧と落下速度を測定すれば、油滴が帯びた電気の大きさが分かることになります。このような方法で、ミリカンは電圧をいろいろと変化させ、油滴の帯電データを集め、「電気には最小単位がある」という結論を得たというわけです。

最小単位ということは、それより細かく分けられない単位ということです。つまり、どんな電気の大きさも、電気素量の整数倍になるのです。電気素量の半分とか3分の1とか、10.3倍とか、小数点以下の端数はあり得ません。必ず、2倍とか5倍とか123倍というように、端数のない整数倍になるのです。それが最小単位ということの意味です。

ミリカンは、実験によって170個のデータを得ました。そのことは、彼の実験ノートにもちゃんと記されています。ところがなんと、発表された論文には58個のデータしか載っていなかったのです。データが多い方が、論文の説得力も増すはずなのに、なぜ残りの112個のデータを省いてしまったのでしょうか?

理由は簡単です。112個のデータ……すなわち実験データの3分の2は、電気素量の整数倍ではなかったからです! 170個すべてのデータを論文に載せたら、「電気には最小単位などない」という結論になってしまいます。だから、112個のデータは不採用にしたのです。

つまり、ミリカンには最初から、「電気には最小単位がある」という仮説があったのです。最初に仮説があり、その仮説を証明するために実験したのです。そうでなければ、わざわざ「電極の間に油滴を霧吹きで吹きかける」というような手の込んだ実験を思いつくはずがありません。だから、自分の仮説を支持するデータが全体の3分の1しかないのにもかかわらず、平気で論文が書けたのです。

科学とは、このように主観的な要素に影響を受けているのです。それがうまくいけば、ミリカンのように認められてノーベル賞までもらってしまいます。しかし逆に、主観的要素が逆の方向に働けば、先見性ある仮説が闇に葬られることもあります。そちらの代表例が、ガリレオです。

17世紀の科学者ガリレオは、天体を観測するために望遠鏡を自作しました。その倍率は約33倍だったといわれています。私が持っている家庭用ビデオカメラでも、光学ズームは10倍です。ガリレオが作った望遠鏡は、現在の技術からみても、かなりのものだったことが分かります。

彼は早速、大学教授たち24人を集めて、望遠鏡を披露しました。教授たちは望遠鏡を使って、まず地上の様子を観測しました。彼らの目の前に、はるか遠くにある木や川、建物や街を歩く人々などが映し出されました。この性能に感動した教授たちは、ガリレオをほめたたえました。

ガリレオは次に、望遠鏡を夜空に向け、教授たちに天体を見せました。今までは「点」でしかなかった遠くの星が、面積を持った「円」として拡大されました。教授たちは、また感動しました。しかし、月を観測したとき、彼らの反応が一変したのです。

「こいつぁ、インチキだんべ」

上州弁で言ったかどうかは別にして、教授たちはこの観測結果を一笑に付してしまったのです。月は地球から最も近い天体であったため、表面にクレーターがあり、凸凹でこぼこしていることまで、望遠鏡ではっきりと見えてしまったからです。

この観測に立ち会った教授の1人であるホーキーという科学者は、次のように語ったという記録が残っています。

「それは、下界においては見事に働くが、天上にあってはわれわれを欺く」

つまり、ガリレオが作った望遠鏡は、地上界を観測するには正常に機能するが、天上界を観測すると異常をきたすというわけです。なぜ大学教授ともあろう科学者たちが、そのような評価を下したのでしょうか?

実は当時の人々には、「天上界は神が住む世界であり、完璧な世界である」という常識(パラダイム)があったのです。完璧な世界にある天体が、凸凹しているなんてことがあってはなりませんでした。天体は完璧な球体でなければなりません。ツルツルしていなければならないのです。

ガリレオからすれば、月面が凸凹していることは大発見だと思いました。だからこそ、当時の社会で最高の知識人たちを集め、デモンストレーションを行なったのです。地上の風景を望遠鏡でながめてみれば、遠くにある木や川、建物や街を歩く人々などが見えます。それら地上のものは誰もが見たことのあるものだから、望遠鏡が遠くのものを拡大していることは確かです。その望遠鏡で月を見ているのだから、それが月面の真の姿であるはずです。特に、教授たちはガリレオと同じ科学者なのですから、当然この発見を評価してくれると、ガリレオは信じていたわけです。

ところが結果は、まったく反対でした。教授たちは、当時の一般人と同様に、「天上界は完璧な世界だ」というパラダイムに支配されていたのです。だから、凸凹した月面が目の前にドカーンと映し出されようが、「これは望遠鏡の方がおかしいのだ」と判断したのです。

ガリレオは月面だけでなく、望遠鏡で太陽も観測していました。そして、太陽の表面には黒点があることも確認したのです。月面の凸凹だけでなく、太陽の表面には黒いシミまであるというのです。

「大地を育む神聖なる太陽が、絵画の失敗作のような姿をしているはずがない!」

完璧な天上界の姿を信じる教授たちが、望遠鏡の性能を認めるはずがありませんでした。

ミリカンは、自分の仮説に都合の悪いデータを没にしました。その論文が他の科学者たちに評価されて、ノーベル賞まで受賞してしまいました。思い通りに仮説が評価されて、きっと大笑いしたに違いありません。

ガリレオの場合は、逆でした。ガリレオの大発見が、他の科学者たちにとって都合の悪いデータだったため、没にされてしまったのです。きっと大泣きしたことでしょう。

これが科学の真の姿です。科学理論はパラダイムに支配されているのです。データなんて、二の次なのです。

こうしてみると、今流行りの地球温暖化仮説も、眉に唾を付けて聞くべきだということが分かるでしょう。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
【ノーベル賞】についてブログや通販での検索結果から見ると…
ノーベル賞 をサーチエンジンで検索しマッシュアップした情報を集めてみると… ...続きを見る
気になるワードを詳しく検索!
2008/06/05 04:42

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文