パラダイムシフト 〜アヒルがウサギに見える日〜

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 事実は主観によって作られる

<<   作成日時 : 2008/06/05 21:35   >>

トラックバック 0 / コメント 2

「科学者は、実験なり観測なりを行なって、その結果を全面的に受け入れ、謙虚な姿勢で仮説を提示している」と思ってきた人が多いでしょう。しかし、それは虚像です。科学者の頭の中には、実験や観測をする前から仮説が存在しているのです。だから、自分の仮説に合わないデータは、「実験ミス」とか「誤差」という理由をつけて、不採用にしてしまうのです。

科学者も人間です。ロボットやコンピュータではありません。人間が主観に影響を受ける生き物である限り、科学者であっても決して客観的に自然現象をみているわけではないのです。それどころか、私たちが「事実だ」と認識しているものの多くが、実は主観によって作り出されているのです。

客観的な事実が存在しており、私たちの主観がそれを認識する……。こういう考えは正しくありません。

私たちの主観がその存在を認めるから、それが事実として存在できるのです。事実は、私たちの主観によって作られるのです。

「主観が事実を作るなんて、飛躍しすぎだ」

このように感じられるでしょうが、これは科学そのものの本質を研究する「科学哲学」という分野で、結論とされている考え方です。このことが、より顕著に現れている例を、もう1つ紹介しましょう。

18世紀のヨーロッパに「フロギストン理論」というものがありました。「物が燃える現象は、物の中に含まれるフロギストンが抜け出ることだ」という理論です。

少し注釈すると、「理論」と「仮説」の違いは、ほとんどありません。一般的には、仮説は「証明されていない説」、理論は「証明された説」と思われていますが、科学哲学では同じものとして扱われます。理由は、証明するという行為そのものが、人間が行なう主観的なものだからです。

話をフロギストン理論に戻します。当時の科学者の1人であるプルーストリーは、産業革命によって工場が乱立し、煙突から出される煙が日に日に増えていくことを目の当たりにして、心配していました。

「このままでは、空気はフロギストンで汚染され、われわれは呼吸できなくなってしまうのではないか」

しかし、煙突からどんどんフロギストンが出ているにもかかわらず、人々は以前と同じように呼吸をして生きています。いっこうにフロギストンだらけにはなりません。プルーストリーは、空気の汚れをきれいにしてくれる何かがあるのだと考え、研究を繰り返しました。そしてついに、有名なプルーストリーの実験が行なわれるに至りました。

密閉した容器の中で、物を燃やした後の空気の中に植物を入れたところ、その中で植物は成長し続けたのです。一緒に入れた動物も、生きていました。つまり、「植物がフロギストンを除去して、空気をきれいにしている」という結論に達したのです。

今の私たちからみれば、プルーストリーの実験で植物が除去していたものは、フロギストンではなく二酸化炭素、植物はおまけに酸素を作っていたということになります。しかし、当時はそんなこと知るよしもありません。フロギストン理論で物が燃える現象が説明でき、植物がフロギストンを除去している貴重な存在であることが分かりました。フロギストン理論は、当時のヨーロッパで誰も疑うことがありませんでした。

金属が錆びる現象も、当時の科学者はフロギストン説で説明していました。錆びた金属も、フロギストンが離れた抜け殻だと考えていたのです。

もしフロギストン理論が正しければ、金属からフロギストンが抜け出たのだから、錆びた金属はその分だけ軽くなるはずです。ところが、錆びた金属は錆びる前よりも重くなるのです。このことは、当時の科学者も確認していました。

「錆びた金属は、錆びる前より重い」という観測結果は、フロギストン理論を決定的に否定していると、現代の私たちには思えます。なぜなら、私たちは酸化理論を知っているからです。酸化理論では、「金属は空気中の酸素を取り込んで錆びる、そして取り込んだ酸素の分だけ重くなる」と説明します。

ところが当時の科学者たちは、次のように考えていたのです。

「フロギストンは軽さを持っている。したがって金属がフロギストンを含んでいる時は、その分だけ軽いのだ。そのフロギストンが抜け出たのだから、その分だけ重くなるのは当然だ」

たとえるなら、遊園地などで配られているヘリウムガス入りの風船を、子どもがたくさん持っているような状態です。ヘリウムガス入りの風船は空気よりも軽いので、子どもがそれをたくさん持っていれば体重が軽くなります。手を放せば、風船は空高く舞い上がってしまい、子どもの体重は重くなります。

当時の科学者たちは、フロギストンと金属の関係を、こんなふうに考えていたわけです。だから、「錆びた金属は、錆びる前より重い」という観測結果は、フロギストン理論を決定的に証明していたわけです。

酸化理論を知っている私たちの立場からみると、フロギストン理論の説明は滑稽に思えます。しかし当時の科学者にとって、それは極めて常識的な解釈だったのです。否、さらに突き詰めて言うならば、「フロギストンが存在する」という事実が、理論……すなわち科学者の主観によって作られていたのです。

「それは単に、フロギストン理論が間違っていただけにすぎない。理論が事実を作るなんて、そんなことがあるものか。事実は事実として、主観に関係なく存在するものなのだ」

そう反論される人もおられるでしょう。しかし、実は現代の私たちが「酸素が存在する」と認識している事実も、やはり理論に依存しているのです。酸素は極めて小さいものなので、顕微鏡でも見ることはできません。見えないのに、どうして「酸素がある」などと断言できるのでしょうか?

理由は、酸化理論があるからなのです。

酸素だけに留まりません。100種類以上あるといわれている元素はすべて極微であり、誰にも見ることはできません。それらが「存在する」という事実は、科学者が唱える理論、つまり主観によって作られているのです。見て触って確認できない以上、その存在を信じるには科学者の主観に頼るしかないのです。

霊だって、普通の人には見えません。しかし、霊能者が「そこに霊がいる」というから、信じる人はそれを事実だと認識するのです。ただ、フロギストンや酸素などと異なる点は、霊能者の主張が「信じる人しか納得できないもの」であることです。そこが違うだけなのです。だから、もし霊能者が科学者のように、霊の存在を数学的、論理的に説明できたら、もっともっと多くの人々が信じでしょう。そして、やがて霊の存在は事実になるはずです。

ただ、「霊が存在する仮説」は、フロギストン理論や地球寒冷化仮説よりも長生きしているという点がおもしろいですね。科学者が唱える仮説や理論は、どんどんすたれていくのに、霊や神様は、いつの世にも信じる人がいます。人間が主観的な生き物である限り、科学よりも宗教の方が優位に立っている……と言えるのです。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
歴史の事実も(誰かの)主観によって作られているといってもよいでしょうかね。

たとえば、日記や歴史書も誰かが書いたもので事実も半分以下で書かれていない記録されていない事実もあるわけだから・・・

今、モハメッドと聖徳太子(ウマヤドの王子)の謎が気になっています。
Sunny
2008/06/11 00:41
歴史も主観で綴られています。これをホイッグ史観といいます。

ホイッグ史観とは、イギリス史の一解釈として登場したものです。「名誉革命以降の社会の進歩は、ホイッグ党によって成し遂げられた」とする立場をとり、ホイッグ党につながらない過去の出来事は一切無視します。ホイッグ党の前段階と思われるものだけで歴史を綴ることによって、イギリス史、ひいては世界史全般が「ホイッグ党を生み出すプロセスであった」と主張する歴史観です。

現代では、より広義に「今の立場で正しいと思うものだけを歴史の中に探し出し、その部分があたかも着実に発展して来たように説明する手法」をホイッグ史観と呼んでいます。
小林浩
2008/06/11 21:40

コメントする help

ニックネーム
本 文