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大学で物理を専攻しないと習わないのですが、本当は中学くらいで量子力学の「思想」は教えるべきだと思います。人生に役立つさまざまな概念がそこに盛り込まれているからです。 量子力学で最も重要な思想は、「観測は創造だ」というものでしょう。 「私たちが見ていようがいまいが物質は存在している」と、私たちは考えています。ところが違うのです。私たちが観測して初めて、その物質が存在するようになるのです。 じゃあ、観測する前は、その物質はどうなっているのか? それは「波束」です。波の束(たば)として存在し、人間が観測することで実体化するのです。波束のときは、物質ではないのです。じゃあ何? 何でもありません。何も存在しないのです。 「観測は創造だ」 「私たちが観測して初めて、その物質が存在する」 量子力学のこういった思想は、なかなか理解できないでしょう。しかし、よく考えてみてください。誰も観測したことがないものを、「存在している」と言えるでしょうか? 言えないですね。 人間の観測行為が、物質の存在を確定するという考え方は、なかなか納得できないものですよね。あの大天才科学者であるアインシュタインでさえ納得できなかったのですから、まあ凡人の我々などは尚更でしょう。 アインシュタインは、「我々が月を見ていなければ、月は存在しないのか」と反論しました。ごもっともです。お月さまは、我々人間が観測しようがしまいが、ずっと昔から地球の周りを回っていたはずです……。 しかし、「ずっと昔から地球の周りを回っていたはずです」と、なぜ言い切れるのかといえば、昔の誰かが「お月さまがある!」と観測したからなのです。誰もお月さまを発見していなければ、あるともないとも言えないのです。 例えば、「宇宙の彼方にダイヤモンドでできた星がある」といくら言ったとしても、それが観測されなければ空論です。観測行為こそ、存在を確定するのです。 アインシュタインは、自分の自然観と相いれない量子力学を人生の最期まで認めませんでした。特に1935年、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人が連名で発表した論文は有名で、彼らの姓の頭文字をとって「EPR相関」と呼ばれています。 EPR相関とは、量子力学をもとに物体の運動を理論的に突き詰めて行くと、「一度でも関係を持ったことがある2つ物体は、いくら離れても、いつまでも影響し合う」ということを示しています。 例えば、かつて接触したことがある2つの光子が、1つは東京、1つは木星にあるとします。ここで東京の光子に情報を与えれば、瞬時に木星の光子に情報が伝わるというのが、EPR相関です。 地球から木星までは光でも16分かかります。EPR相関は光の速度を超えています。超光速運動は相対性理論に反するため、アインシュタインらは量子力学が間違っていると主張したわけです。 もっと分かりやすくいえば、私とあなたが一度でも握手したことがあるとしたら、「いくら離れていても、瞬時に情報を伝えられる」ということです。超能力みたいです。こんなことを、科学で認めたくなかったアインシュタインの気持ちは理解できますね。 EPR相関の理論は、大天才アインシュタインが中心となって導いただけあって、誰も論破できませんでした。「やはり量子力学には欠陥があるのではないか」と多くの科学者が思い、約60年が経過しました。物理学界では「暗黒の60年」といわれています。 この暗黒時代が終わりを告げたのは、1964年のことです。(EPR相関論文の発表からは約30年ですが、それ以前から論争は続いていましたので、暗黒の60年と言っています。)北アイルランド生まれの物理学者ジョン・S・ベルは、夏休みの暇つぶしに、なんとEPR相関が実際に起きていること証明してしまったのです! 暇つぶしで、こんな偉業を成し遂げるなんて、こちらも大天才です。 アインシュタインが量子力学の間違いを指摘するために導いたEPR相関は、皮肉にも量子力学の正しさを証明してしまったのです。 何かが伝わるために時間を要するということは、そこに距離という空間的な広がりがあることの、何よりの証しです。ところがEPR相関のように、情報の伝達に時間を要しないということは、そこに空間があるとは言い難くなります。その後の物理学は、時間と空間の概念の変更を余儀なくされたのです。 量子力学が明らかにしたところによれば、「広大な空間と、過去から未来へ淡々と流れる時間の中で、物体が運動し、私たちが生きている」という今までの科学観は、正しくなかったのです。むしろ、物体の運動や私たちの生命活動といった「動き」が主役であって、時間や空間は脇役だったのです。 私たちの周りで起きているあらゆる現象は、近傍のみならず、何億光年も離れた場所での微細なできごとの影響をも受けています。しかもそれは、時間や空間の制約なしに影響し合っているのです。宇宙の真の姿は、時間と空間を超越した「超光速の網目」が張り巡らされた「織物」のようなものだったのです。 量子力学は、「すべての存在は1つである」ことを証明したのです。 物理学界の暗黒時代が終わりを告げた1964年には、深い意味があると思います。私が誕生した年だからです……というのは冗談。(^_^; 原理講論が出版される2年前だからです。 ちなみに、拙著「宗教は科学の生みの親」に詳しく書きましたが、トーマス・クーンがパラダイム論を提唱したのが1962年、「キリスト教こそ近代科学の生みの親であること」を示したリン・ホワイトの論文は1967年に発表されています。 まさに、創造原理をより深く理解するための科学的基盤が整えられていたのです。原理講論の出版を中心として、宗教と科学を統一する基盤が整えられていたのです。 「観測は創造だ」ということを突き詰めれば、「観測できるのは誰か」ということに行き着きます。宇宙のすべてを観測できる存在は、知的生命体であり科学技術を駆使できる人間だけです。 つまり、量子力学は次のようなことを示唆しているのです。 「人間は、神が準備した波束を観測することを通して、宇宙を存在せしめる第二の創造主である」 |
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量子アニーリングに関連した話
Yesterday, since the third DEX-SMI seminar was held, I took part in. ...続きを見る |
nadja in wbo 2008/06/28 22:19 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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いつも楽しく拝読させて頂いています。今後も科学と原理の橋渡しになるトピックを期待しています。著書は、4冊とも購入し、拝読させて頂きました。蛇足ですが、私も1964年生まれです。 |
ユタカマ 2008/06/12 05:23 |
拙著をお読みくださり、ありがとうございます。同じ東京オリンピックの年の生まれですね。今後もよろしくお願いします。 |
小林浩 2008/06/12 21:21 |
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