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すべての職種(責任分担)にとって「潔さ」が大切ですが、子女教育の担当者には絶対不可欠な条件だと思います。これは教会の子女教育担当者に限りません。幼稚園、保育園、小・中・高・大学校など、社会のすべての教育機関の教育者について言えることです。卑怯な人に教育された子供は卑怯になり、未来を卑怯な世界にしてしまいます。教育者は潔くなければなりません。 いじめによる生徒の自殺などで、校長や教育委員長が会見するときには、たいてい自分たちの責任を潔く認めません。「いじめはなかった、気づかなかった」などと言いわけします。卑怯ですね。こういう人々に教育されているから、いじめをするような卑怯な子供たちになってしまうのでしょう。 教会学校の子女教育担当者を取材したとき、「もっと親がしつけをしてほしい」という率直な意見を聞いたことがあります。挨拶や、静かに座って話を聞くなど、基本的なしつけができていない子供たちに手を焼くことが多いのだそうです。 そして、そういう親ほど、「教会学校の方で、もっとしつけをしてほしい」と要求してくるそうです。あるいは、「子供たちが教会学校に行きたがらないのは、教育プログラムが良くないからではないか」などと文句を言う親までいるのだということです。 この世でも問題になっているモンスターペアレントと同じですね。一般の小学校の先生も、こういった親にかなり苦労しているそうです。ノイローゼになってしまう先生も多いとのこと。 むろん私も、こういったケースでは、親が悪いと思います。しつけは親の責任です。この基本を踏まえた上で、あえて言いたいことがあります。 それでも子女教育担当者は、「しつけは親の責任である」ということを理由に、子供たちのしつけを放棄しないでほしいのです。現実的には、しつけができていない親がいます。しかし、そんな親をもってしまった子供には罪がありません。子女教育担当者は、その子の親になったつもりで、黙々としつけをしてあげてほしいのです。 それが、子女教育担当者の「潔さ」です。 しつけができない親に、「しつけは親の責任です、ちゃんとしつけをしてください」と言ったところで、できっこありません。言われてできる人は、言われなくても既にできているものです。「しつけは親の責任です」と言えば言うほど、しつけができていない親は子女教育担当者の欠点をついてきます。北風をいくら吹きつけても、汚いコートをしっかり押さえて脱がないものです。 親の責任であるしつけを、子女教育担当者が黙々とする姿を見て、その子の親は初めて気づくのです。手本を示してあげないと、理解できない人たちなのです。 「もし子女教育担当者がしつけをしてあげても、その親が気づいてくれなかったら、どうするんだ? ずっと我々がしつけをしなきゃならないのか?」 そう思う人もいるでしょうか…。 それでもいいではないですか。ずっとしつけをしてあげてください。私たちは、「ために生きる」ことをモットーとしているはずです。「親がやるべきことを代わりにやって損した」などと思う子女教育担当者は、潔くありません。美しくありません。 しつけをする中で、「なぜ私の子をしかったんだ! なぜ叩いたんだ!」と親が理解できずに怒ってきても、頭を下げて謝ってあげてください。それでも、しつけをやめないでください。悪いことをした子供は、きちんとしかってください。 子女教育担当者のしつけによって立派になった子を見た親が、「やっぱりこの子は神様の血統ね、こんなにいい子になって…」と言ったとしても、「そうですね、神様の子ですね」と言ってあげてください。親から理解されなくても、感謝してください。 だって、実際にその子は、神様の子供なのですから…。 子女教育担当者の使命は、親から賛美されることではありません。神様の子供を立派に育てることです。絶対に、「しつけは親の責任だ」と逃げないでください。 潔い子女教育担当者に育てられた子供たちは、きっと潔い神様の子供に育ちます。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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私の小学校の頃の記憶です。1年生、2年生と付いて行くのが難しかったのですが、3年生の時、お父さんみたいな先生が担任で、チョークで書かれる黒板の板書が全て模範的な完璧な楷書で感動しました。消すのがもったいない程の見事な板書の字なのです。 |
Sunny 2008/07/05 22:44 |
素晴らしい証しですね。先生の姿を見てしつけられた好例だと思います。親に責任を押し付けず、己の姿を通して黙々と生徒をしつける、素晴らしい先生です。 |
小林浩 2008/07/06 08:16 |
長男の中1のときの担任のK先生(50代、男性)が素晴らしかったので、ご紹介します。K先生は毎朝6時に出勤。生徒たちが登校する前に教室の掃除をします。ほうきで掃くなんて簡単なものではなく、濡れ雑巾で床や壁を徹底的に拭き上げます。「きれいな環境でなければ、勉強は身に付かない」がK先生のモットーでした。お陰でその教室はいつ行っても床も壁も黒板もピカピカでした。また担当は社会でしたが、毎日手書きの社会のテストを宿題で出すのです。提出したものはていねいに赤が入って戻ってきます。漢字の点一つがないといった小さなミスも見逃しません。毎日のことで、しかも30数人分ですから、大変だったと思います。長男は最初は宿題が多いとぶつぶつ言っていましたが、そのうち他のクラスに比べて恵まれていることに気づいたようです。終業式の日、子供たちの発案でクラスのみんなで感謝の寄せ書きを渡しました。「先生、泣いてたよ」と子供は言っていました。今高1ですが、この長男にとっては忘れられない恩師になると思います。父母たちの前では照れ屋で、あまり多くを語る方ではありませんでしたが、「潔い」という言葉がぴったりの先生でした。 |
銀の匙 2008/07/07 18:50 |
ニュースを見ていると、どうしようもない先生ばかりが登場しますが、こうしてお話しをお聞きすると、素晴らしい先生はいるものですね。日本もまだまだ希望が持てます。 |
小林浩 2008/07/07 21:18 |
このコラムには、とても共感します。 |
M 2008/07/12 16:17 |
Mさん、ありがとうございます。また、いらしてください。もしかして、私が知っている、先日お会いしたMさんでしょうか(^_^; |
小林浩 2008/07/12 23:08 |
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